第12章 伝想
「…ミッドナイトさん。」
「…。」
「ミッドナイトさん!」
「ぐー。」
彼のモノトーンの頭はすっかり下を向いてしまっている。最後の闘いが終わってから早3カ月。彼はフィオーレ女王に恩赦をかけられて、私と穏やかな毎日を過ごしている。
私は六魔将軍と魔女の罪に所属していた時のコードネームを使う癖が未だに抜けていない。彼はもう私を本名で呼ぶことに慣れたというのに。
「マクベスさん…か。」
「やっと呼んでくれたね。」
「起きてたんですか!?」
「ボクがキミの声を聞き逃すはずないでしょ。」
一緒に住むようになってから彼の私に対する距離の詰め方が変わった。ギルドに所属している時はこんなにも積極的に触れ合おうとする人ではなかったのに。
「…リア?」
「ご飯できましたよ、ミッドナイトさん。」
「…また戻ってる。」
「しょうがないじゃないですか、まだ慣れて…んぅっ。」
いきなり唇を塞がれた。これも2人で住むようになってからだ。どんなタイミングでキスをしたがるのか皆目見当がつかないから困ったものだった。
「…はっ。ちょっと、ミッドナイッん」
今度はもっと深くて、キスの合間に唇をついばんで遊んでいる。私は出せる渾身の力で彼の胸板を押すが、一見華奢なようでしっかりと筋肉のついた彼はびくともしない。
「…何なんですか、一体。」
「…本名で呼ばないと、お仕置きすることにした。」
「どうしてまた急に。2人で住み始めてから、様子が変ですよ?何かありました?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。彼の口から飛び出した言葉は意外なものだった。
「ボク、ずっと我慢してたんだよね。」
「我慢…ですか?」
「うん。リアにちゃんと好きって伝えること。女王から恩赦を貰って初めて、二人で”普通”の暮らしをし始めたでしょ?これからは何の負い目もなく、キミへの想いを伝えられる。」
「…ミ、マクベスさん。」
「うん?」
―彼はずっと、陰に居る自分が"普通に”誰かを愛することに負い目を感じていたのだ。彼の罪が全て消えたわけではない。彼を恨む人はきっと一定数いるけれど、私はずっと彼の側に居て、彼を愛そう。
「私とたくさんたくさん、毎日を積み重ねていきましょう。」
「うん。」
こつんと額がぶつかる。そっと見えた彼の顔は酷く穏やかだった。