第1章 まぼろし
貴方がいなくなってしまってからもう7年が経とうとしている。
風の便りで天狼島に向かったことは知っていたのだけれど、そこからの消息がつかめない。
必死に探し続けてきたけれど、2年前から私の躰を蝕む難病には勝てなかった。体の筋肉が萎縮していく不治の病。私はそのまま魔導士を引退した。
今はマグノリアの郊外にある小さな一軒家で静かに暮らしている。ポーリュシカさんの提案した延命治療を丁重に断って、ただひっそりと穏やかに生きている。
天涯孤独だと思っていたこの身をマスターに拾ってもらって家族ができた。たくさんの冒険をして、恋もして、笑って泣いて騒いだ。残された仲間たちは今でも必死に家族の場所を護ろうとしている。
ある日、起きたら思うように体が動かなかった。
多分最後の瞬間が近い。自分の躰のことは何よりも知っている。
ベッドの近くのチェストに置いてあった魔結晶に震える手で触れる。家族のみんなには知られぬように一人で逝きたかった。
転送された先は大好きなマグノリアが一望できる丘陵。木蘭の木の根元に凭れかかって静かに街を眺める。夜明け前の凛とした空気に触れていると浄化されるような気持ちになる。
ここは私と彼が初めて想いを交わした場所だ。あの時は確か、彼にしては珍しく言葉にして好きだと言ってくれた。それが何より嬉しくて、涙を零してしまったからかなり慌てていた。
今でもはっきり想い出せる。あの人の大きな手、いつも不機嫌そうな眉間の皺、右目に走った雷傷、見かけによらず柔らかい髪、そしてリア、と私を呼ぶ低い声。
叶うことなら、もう一度だけ。呼んでほしい。伝えきれていないことがまだたくさんあった。私の声帯はもう震えてはくれないけれど、伝えたい。愛していると。この躰が無くなってもずっと愛していると。
ふと懐かしい魔力を感じた。ゆっくりと目を開けて目線を移す。僅かに目を瞠る。とうとう幻影が見えるようになったのだろうか。あれは―
「リアッ…。」
全く力の入らない躰を支えられる。頬を濡らす涙はどちらのものだろう。
―ラクサス
愛しい人の名前を呼んだ。
なんて綺麗なまぼろしだろう。