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dcst 夢小説 短編まとめ

第3章 【ルリ】君にありったけの幸福を


「これ、やってみたかったんだ。あ、でもルリの方がもしかして力があったりするのかな」
「もう、桜子は。……本当に、ありがとうございます」
「僕の方こそ。頼りない僕でも、君の力になれたなら良かった」
 きっとひとりじゃ生きてこられなかったと二人は笑う。死の前では人は無力だ。必ず痛みを一人で受けなければならず、その苦しみを他所に分ける事は出来ない。では心は。病に蝕まれる間の心は一人か、と問われればこの二人は違うと答えるだろう。

 それから世界は目まぐるしく変わった。石神村という小さな村では考えられない程に世界は広く、そして謎が多い。ホワイマンの脅威に打ち勝ち、区画整理の末に『石神村』として地名登録を受けた後、ルリは初代村長に就任した。その2ヶ月後の5755年3月、結婚相手を紹介しようとするコクヨウ。一向に結婚しないルリを心配しての事だが、ルリはその勧めを断った。
「私には心に決めた方がいるので」
 そこまで言うなら、とコクヨウも泣く泣く勧めを断念した。仕事の合間にやってきては婚約を勧めてきたコクヨウがしょんぼりしながら帰って行くのを見て、桜子が話しかける。科学で命を助けられる可能性に魅せられた彼は、今は医者として石神村を支えていた。
「ねえルリ。もしかしてコクヨウ様から結婚でも勧められたのかな」
「はい。ですが私には貴方がいるので」
 そっか、と頷いた桜子は仕事終わりに一緒に花畑に行こう、と約束を取り付けた。提案通り、時間を見つけてはいつも四葉のクローバーを探している花畑にやってくる。
「ルリの宝物って何かな」
「ふふっ、急な質問ですね」
 そうかな、と言う彼は懐から何かを取り出す。それは押し花の四葉のクローバーが中に入ったレジンのキーホルダーだった。緑の色彩を失わず、鮮やかなままである。これは、とルリが一瞬ぽかんと口を開けた。昔、石神村で二人共に千空に助けられた時に見つけた、あのクローバーだった。
「僕の宝物はね、これなんだ。君がくれた幸福が僕の宝物だよ。……ルリ。僕と結婚してもらえませんか」
 彼が跪き、キーホルダーに結ばれていた緑の紐をルリの左手薬指に通した。もう十年以上昔に渡した筈の幸福が、何倍にもなって返ってきた。その重みが薬指から腕へ背中へ、ルリの身体の中を満たしてゆく。返事は一つしかなかった。
「……はい。桜子」
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