第20章 待つのは思っていたよりも
「ただいま」
気づけば癖になっていたその言葉が、誰も居ない暗い部屋に溶けていく
それどころか、この部屋はこんなにも暗かっただろうかと数秒視線を彷徨わせて
電気を付けるとテーブルの上に今朝彼女が置いていったであろうメモが見えた
“晩ご飯は冷蔵庫に入っています、温めて食べてね”
その言葉の通りに冷蔵庫を開けると、いつもより寒い部屋に追い討ちをかけるように流れ込んだ冷気
綺麗に盛り付けられた幾つかの器が目に入る
それらをじっと眺めた後、その横に積まれたゼリー飲料を取り出して
お前が居ないのにメシなんか食うかよ、
ソファに倒れ込むと同時に数秒で晩メシを済ませた
「ふふ、寂しかったら電話してね」
なんで俺からかける前提なんだ、お前は寂しくないってわけか
ついこの間まで一人きりだったはずなのに、どうやって過ごしていたのか思い出せない
今日はこのまま寝てしまおう、そう目を閉じた矢先に携帯の着信音が鳴り響いて
飛びついて握りしめた画面の
「山田ひざし」という表示に溜息をつくと
着信が切れて数秒足らずでメッセージが届いた
“ この世の終わりみたいなツラして
たかが3日間の留守番だろ?
香山さんと飲んでるから来いよ!”
そのメッセージも当然のように無視し、彼女の膝掛けを抱き寄せて眠りについた
———
「男の人数は」
「どうだろう、大規模な祝賀会だから・・」
「質問を変える、知り合いの男の人数は」
「それだと十人弱、かな?」
以前世話になった教授が権威ある賞を受賞したとか何とか、
その研究発表会と祝賀会への招待状が目の前に広げられている
「九州だから二泊三日になっちゃうんだけど、
行って来てもいい?」
リカバリーガールの許可は貰ったんだけど...、
そう続ける彼女に眉間の皺が深くなっていくのを感じた
そんなの嫌に決まってんだろ、
俺の目の届かない所に行くなんて
何かあったらどうするんだ
こんな本心を知ったら、子供扱いするなと彼女は怒るだろうか
「・・問題ないよ」
「嬉しい、ありがとう!」
研究仲間に久しぶりに会えるの楽しみだなぁ、そう言って彼女の顔が明るくなる
研究仲間、か
彼女のその世界には俺は存在していない
気に食わない、不安で堪らない
そんな子供じみた感情が頭の中を支配する