第13章 悪くないかもしれない
今朝俺が救えなかった仔猫を、アイツは躊躇なく拾ってきた
「この傘おまえンだろ?落ちてたぜ!」
いつも前向きで明るく輝いていて、まさにヒーローって感じだ
それに比べて俺は、
帰り際の下駄箱、手元に返ってきたビニール傘を握りしめる
しとしとと静かに降る雨が心をまた無にした
「これだよな?薬師さんの傘」
「おう、今朝確認したから間違いない!」
ふと、後ろに聞こえた彼女の名前に振り返る
あの顔は確かヒーロー科3年、見覚えのある二人がひそひそと話していた
「傘探してる彼女に声掛ければ完璧だろ!」得意気に笑ったそいつの手には一本の傘
水色のそれを調子良く棚の陰に隠す後姿は、最大限の軽蔑を込めた俺の視線にも全く気付かない
仮にもヒーローを目指す奴のやる事かよ、
汚いやり方に嫌悪の溜息を吐いた時、一言物申そうと口を開きかけた俺の横をあの香りがふわりと横切った
「あれ?ここに置いたはず..」
靴に履き替えた彼女が傘立ての前で立ち止まる
きょろきょろと傘を探していると先程の男がその背後に駆け寄った
「あのさ、よかったら駅まで一緒に、」
不安気に佇む背中に馴れ馴れしく掛けられた声
彼女がそいつに振り返る瞬間、俺は深呼吸し腹を括る
少なくともお前みたいな汚ねェやり方する奴に、彼女はやらない
「薬師さん!」
俺にしてはかなり頑張った大きめの声が、そいつの白々しい演技を遮り彼女の耳に届いて
ずかずかと二人に近寄ると、目を丸くしている彼女の手首を掴んで歩き出す
「ちょっ、えっ、まじかよ、!」なんて後ろから聞こえたダサい声に俺は少し気分が良くなった
———
数秒前の強気な行動とはまるで別人、気の利いた言葉なんて出てこない俺は下駄箱から玄関まで無言で彼女の手を引くとビニール傘を広げた
「・・これ使って」
「え、あ、そういう訳には、」
まぁそう言うだろう、しかし上手い返しが見つからない
結局俺は無言で下を向くとずい、と傘を押し付け雨の中を駆け出した
「え、ちょっと、待って!」
後ろから彼女の焦った声が聞こえる
待てと言われて待てるわけがない、どんな顔して何を言えばいい
華奢な手首を掴んでいた右手が今更じんじんと熱を持って
バクバクと心臓が煩いのは、走って息切れしているからだと自分に言い聞かせた