第26章 あなたの風邪は何処から
目線の先には見慣れたブーツ、この時間帯にある筈の無いそれを見つめていると静かに浴室のドアが開いた
「おかえり」
髪を拭きながら微かに笑った彼がパソコンへと向かって、思わず私は腕時計を確認する
「今日は早いんだね、?」
「ああ」
18時半、いつもならあと三時間は帰って来ないところだ
大量の書類を鞄から取り出し液晶画面を付けた彼は、それ以上何も話さないし振り向きもしない
「相澤くん、もしかして」
「・・・」
聞こえていないかのようにカタカタと指先で音を響かせるその背中に近づく
背後から手を伸ばすと、画面を見つめたままの彼が寸前のところで私の手を掴んだ
「なんだ、今日は大胆だな」
「もう、はぐらかさないで!」
額に触れようとする私の手を、彼は余裕綽々と遠ざけて
「保健医のくせに乱暴だね」
「誤魔化してもダメ、体調悪いんでしょう!」
敵うはずのないその力に怯まず睨み付けると、彼は小さく溜息をついた
「そうやってお前が煩いから、帰ってきたんだろ」
大きな成長だと思わないか、得意気に言い放った彼がにやりと笑って私を覗き込む
「家で仕事してたら意味ないよ・・」
髪も濡れたままじゃない、冷蔵庫から取り出したそれを片手に彼の元へ戻る
大人しく私を見上げたその額に今度こそ掌を乗せ、認識した情報を整理した
「熱はそんなに無いね、よかった」
酷くなる前に治さないと、そう呟いて薄いフィルムを外す
冷んやりとしたそれを額に貼ると彼が小さく身震いをした
「こんなもん貼ったら余計寒いだろうが」
「気休めだけど少しは楽になるから」
両手を引き、ソファに座らせると私はドライヤーのスイッチを押して
面倒臭え、そう悪態をついた相澤くんの髪を乾かし始める
「そんな事言ってるから風邪引くんだよ」
「・・・」
体調管理も仕事のうちでしょ、不機嫌にそう言うと彼はくるりとこちらを向いて私の腰に手を回した
「お前最近、駄目出しが多いな」
「こ、これは心配してるだけ・・!」
「飴と鞭はバランスが重要だ」
飴が足りない、そう言って服の中に這わされた手を思いっきり叩くと彼は大人しくなった
「こうやって髪を乾かしてるのが立派な飴です」
はぁ、と溜息をついた彼が観念したように凭れ掛かって、乾いてきたその髪を私はよしよしと撫でた