第24章 口止め料は甘い香り
真っ白な紙の上を色鉛筆が滑る
小さな手に握られたそれは役目を終えると決められた場所に大切に仕舞われて
ちゃんとお片付けができて偉いね、そう声を掛けると彼女は嬉しそうに目を細めた
「赤のとなりはオレンジ、そのとなりは黄いろでね」
十二色の順番を楽しそうに語るその顔が
花やハーブの話をするアイツと重なり笑いが漏れる
女って皆こうなのか、そんなことを考える俺を他所に
目の前の小さな女の子は変わらず目を輝かせていて
「ルミリオンさんが教えてくれたの、
赤と青を重ねるとむらさきになるって!」
その瞳が眩しすぎて、彼女の頭を撫でながら俺はゆっくりと瞬きをした
「その色鉛筆は、エリちゃんの宝物なんだね」
「たからもの、」
「大切な物、ってこと」
色鉛筆の話をする時すごく嬉しそうだから、そう言って立ち上がると彼女が俺の服を掴んだ
「じゃあせんせいの宝物は、めぐさん?」
「・・何で、そう思うの」
改めて目線を合わせて問いかけると彼女は少し得意気に笑った
「だってめぐさんのお話してるときが
せんせい、一番うれしそうだから!」
「・・・それ、誰にも言わないでほしいな」
口止め料のつもりでポケットから取り出した飴を手渡すと、彼女は不思議そうに俺を見上げた
「今から、宝物のめぐさんに会えるの、
うれしい?」
「エリちゃん・・」
「めぐさんには、宝物のこと言ってもいい、?」
それは一番だめだよ、
そう即答すると丸く開かれた曇りのない瞳
無垢な言葉に取り乱した大人げない自分が映っていて思わず下を向いた
ゆっくりとドアを開けると鼻を掠めた彼女の香り
薬品の匂いに混じる仄かなそれですら心が掴まれるようで
未だに懐かしくて、時折苦しいとさえ思う自分に戸惑うことがある
俺は一体何を引き摺ってんだ、そう自嘲して蓋をしても
どこか埋めきれないものが常に心に居座って
「相澤先生、エリちゃん」
「めぐさんっ!」
振り返って微笑んだその顔だけが俺の心を満たしていく
早く、夜が来ればいい
腕に抱くお前が間違いなく俺のものだと教えてくれる夜が
「んじゃ薬師先生、すみませんが午後お願いします」
普段と違う堅苦しい呼び名を口にすると、二人は顔を見合わせて笑った