第14章 Sketch5 --朝凪のくちづけ
サザ…───────
一昨年の事。
そういえば一度だけ、こんな早い時間にここに来た。
歩道の上から黒い人影を見付けまさかと思うと、タクマさんが丁度この辺で無防備に仰向けで寝転がっていた。
「あれはホントにご褒美だったな」
思わず独り言を言い、思い出し笑いをしてしまう。
いつからそうしてるのかは分からなかったが、彼が起きるまで私はその寝顔を隣で堪能した。
あの時の彼は31歳。
見る度私は彼に惹かれてく。
眠ってる癖に、まるで野生の動物みたいに隙の無い閉じられた目やきつく結ばれた口元とか。
鎖骨の太さとか、がっしりとお腹で組まれた無骨そうな手とか。
「…………」
そしてついムラっと…もとい衝動に駆られて。
タクマさんにキスをしようと顔を近づけた時に彼の目が薄く開いた。
『……来てんなら起こせ。 寒い』
結局あと10センチの未遂で終わって、しかも何の反応も無いとか。
……ま、タクマさんがそういう人だって分かってるけど。
「はあ……」
両頬を手で包みながら、出てしまうため息は甘ったるいケーキかなにかみたい。
そりゃ客観的にはもっと見た目のいい人はいるんだろうけど。
私はきっとあと10年経っても20年経ってもそんな彼にため息をついてしまうんだろう。
もしも彼に拒否られたんなら、海の泡にでもなって消えてしまいたい。
そんな事を考えてるとふと、遠くの方から人の話し声と共に車の音が近付いてきたのに気付いた。
複数の男女の声が大きくなり、丁度私のいる辺りの車道で停止した。
「…………」
「気にすんな。 女の子はちゃんと送ってっから」
「ねえ、これから宅飲みしない?」
「朝の五時まで飲んでかよ……」
「じゃあな」
「またねえ、タクマ」
またね、バイバイ!
などと明るく重なる声や笑いと共に排気音が遠ざかって行く。
「……タクマさんっ!!」
歩道に立った彼が、浜辺から両手を振って呼んでいる私に気付いてくれたようだ。