第14章 Sketch5 --朝凪のくちづけ
昼が近くなり、私は父と飲み物や食材の買い出しへ車で出かけていた。
今朝とは違い、車の窓から見る車道のアスファルトには透明な熱の煙が立ち昇っているかのような暑さを物語っている。
「ねえ、お父さん」
「なんだ?」
「私、大学卒業したらここに就職してもいいかな」
「どうした? 突然。 働き口ならいくらでも向こうにあるだろう」
そうなんだけど。
そう言う父の意見は分からない事も無い。
こうやって車で海沿いの公道を走っていても、すれ違う人なんてほんの僅か。
コンビニだって別荘から最寄りのスーパーに向かうまで一軒しかない。
都心と違い職種も数も限られるだろう。
「だから春にいきなり免許なんて取りに行ってたのか?」
大学を合格してから春休み前に慣れないアルバイトを初めて免許証も取った。
ここに住むのに必要だったから。
『止めとけ』
再びそれが頭を掠める。
でももし、もし、迷惑なんだとしたら。
「…………」
そしたら私ってただのストーカー?
じゃなくっても、ドン引きされたら?
ノーって言わない=(つまり)傍にいていい
そしてそうなったら自然に私とタクマさんは……
なんて、いつの間にかそんな風に当たり前に考えてしまっていた自分に今更気付いた。
「綾乃?」
「……明日確認してみる」
「え?」
訝しげに眉をあげる父に何でもない、と言って助手席のドアに額をこつんとぶつける。
彼が何にも言わないのをいい事に。
私って、きっとおめでたいんだわ。
そんな事を思いつつ半分うとうとし始めた私は、タクマさんと出会ったばかりの、自分がまだ小さかった頃の事を思い出していた。