第14章 Sketch5 --朝凪のくちづけ
『止めとけ』
先ほどの彼の言葉が頭に浮かぶ。
なんで今年はあんな事を言われたんだろう。
一年のうちの僅かな時間を、私は彼と過ごしていた。
……正しくは、早朝にいつも海辺を散歩する彼に私が勝手にくっついているだけなんだけど。
出会いは私が5歳の頃だから、もう13年。
私より15歳年上のタクマさん。
異性を意識し始める頃にはもう好きになっていた。
二時間なんて距離は遠距離恋愛の範疇だし、何なら毎週末だってここに来れる。
そう思っていた。
33歳になる彼は独身で、海の近くに住んでいる。
「お父さん、私シャワー浴びてくるね」
「ああ。 後から一緒に買い物に行こう」
タクマさんは変わらずに毎朝あそこにいる。
私が傍に行っても嫌がらない。
……ただし、嬉しがったりもしない。
バスルームに入った私は思いっきりシャワーの取っ手を捻り潮の匂いを洗い流す。
「何なの……止めとけ、なんて」
いくら告白をしても軽く交わしてくる彼。
また家に戻ればそれこそ、男性なんていくらでもいるのに。
大学に入って付き合おうとか、そんな風に言われた事だって、あるのに。
けれど私には彼らのそのどれもが同じに見えてしまう。
「……止められるんならとっくに止めてるもん」
浴室の鏡で見る私の背も胸も顔も髪も……小さな頃とは全然違うというのに。
毎年苦い気持ちで夏が終わり、そしてこの季節が近付くと彼に会える嬉しさと淡い期待を胸に抱く。
そんな報われない七夕みたいな年を繰り返して今度は大学一年生の夏が過ぎようとしている。