第1章 Sketch1 ---Storigoi
「父親……ですか」
ガランとした部屋の中で、独りでそう反芻すると、なんだか複雑な気分になります。
私は子を持ちませんし、今の所、持つつもりも無いため、正確にその心持ちを知っているかというとそれも疑問です。
私の一族は成人するのも、家族から独り立ちするのも15歳と早く、基本的に群れる性質もないため、その後は銘々が永い時を過ごします。
父親の顔なんてもう何百年も会っておらず、もちろん覚えてもいません。
「いや、彼女にとっての私は、何ならまんま虫扱いですかね」
顎に手を当て、月明かりのバルコニーに目をやります。
部屋から続くバルコニーの仕切りにはレースのカーテンしか引いていないので、隙間から覗くその明るさから今夜は満月に近いのだと分かりました。
そこにウイングチップの牛革のシューズを置いてから足を入れ、指で空に紋を描きます。
それでも何だかんだで、彼女の元に向かう私も一体何なんでしょうね……