第17章 Sketch6 --風龍
───────お前は風の加護のある娘
夫にそう言われたわたしでしたが、最初は空に浮かんでいるだけで精一杯でした。
『地を歩いたり泳ぐのと同じ理屈で、想像するだけで体は勝手に動く』
そんな彼の、こういってはなんですが若干頼りなげな言葉を反芻しつつ、一日かけてやっとのろのろと空を進むことが出来たものの。
ここは水のように抵抗があるわけでもなく、地上のように地面もありません。
「同じ理屈……」
不謹慎な話ですが、わたしは夫と行為をしていた時のことを思い出していました。
あの時に、わたしは必死で自分の体重が乗らないように彼の肩にしがみついて支えていました。
支えるにも反発するにもあまりに心もとなく、けれど今もこうして髪をひるがえし吹く風。
湖は水のつぶのかたまり。
地は砂のつぶのかたまり。
普段は意識をしていないだけで……空気もおなじく、ここにたしかに存在するもの。
心と体を見えないそれに委ねます。
まるでその最中に、夫に自身の全てを預けるかのように。
精神を集中させて、ゆく方向へと意識を向けます。
左側に視線を向け、今度はやや勢いをつけて移動する自分を想像してみると、走るのと変わらない速度で移動出来ました。
それからは風のままに……まるで風の龍に抱きとめられているかのように軽やかに、高く飛べました。
「風龍の嫁御、はじめまして。 代々の嫁御は空を歩けないものと聞き及んでおりましたので驚きました。 ところで、どこかへ行かれるのですか」
そう言ってわたしに話しかけてきたのは大きなイヌワシでした。
その褐色の翼を広げた姿は風龍ほどの丈があります。
「こんにちは。 ……といっても、わたしはまだやっと空中で動けるようになったばかりなのです」 苦笑しつつ話すわたしに、イヌワシは翼を丸めてゆっくりと羽ばたかせ、空で静止しています。
「……村の様子を見ることはできますか」