第16章 Sketch6 --水龍
彼は片手でわたしの腰を優しくつかむと、爪先で着ていた花嫁衣裳を脱がそうとしました。
一瞬身を固くしましたが、水の中でこんな重くてヒラヒラしたものを着てるつもりなのか? と、逆に不思議そうに問われ、それもそうだと思いました。
それにしても、わたしの手首のような大きな指で着物の紐を一生懸命に解こうとしている水龍がなんだか可笑しく思え、クスリと笑ってしまいました。
「わたしが自分でいたします」
薄い襦袢姿になど人目に晒したことも無い自分でしたが、それにさえ抵抗はありませんでした。
「沙耶の笑う顔はとても可愛らしい」
その顔にある眼がはじめて弓状に細まり、むしろそちらの方に気を取られたぐらいです。
「さあ、こちらへおいで」
そう言われて躊躇うことなく足を進めたわたしはこうして水の世界の住人となったのでした。
水というものはそこにいると当たり前にあるようでそれは空気と同じ。
ここでしか生きられないものが有り、かつ生命を育くむもの。
改めてそこで思ったことでした。
そして空気よりも静かで実は力強い存在なのだと。
小さな魚の群れが頭上を通り、舞い始めます。
別の魚はキラキラと鱗を輝かせ、また別のものはその細長い体をうねらせて、水中をゆくわたしたちを歓迎してくれているかのようでした。
「水の中でも話せるし、息が出来るのですね」
「私に触れていればな」
もっと深いところに向かうと地の鳥の声が消え、時折聴こえる泡の音の他は何も無くなりました。
あたりは薄暗く、ゆらゆらと揺れる無数の海の藻が岩場に湖の森を作っています。
その森の中で水龍は本当にわたしの夫となりました。