第57章 私の知らない貴方
「ココが解散だって言ったわ」
「………………」
「帰りましょう」
海凪が諭せば、マイキーはカノトの方を見ずに背を向け、歩き出す。
「み、なぎ…ちゃん…」
弱々しい声で呼べば、振り返った海凪が傍に歩み寄り、ポケットからハンカチを出して、青く変色して腫れているカノトの頬に軽く押し当てた。
「首、アイツの手の跡が付いてるわね。全く、なんて奴なのかしら。女の身体に傷を残すなんて」
「………………」
「ちゃんと手当てしてもらうのよ。アンタ、何処も彼処もボロボロだわ。心の傷だって…簡単には癒えないはずだから」
「うん…」
海凪から借りたハンカチを頬に当てたまま、悲しげな瞳で小さく頷く。
「ねぇ…さっきの、本気じゃないわよね?」
「?」
「万次郎のことよ。本気で好きじゃないなんて言わないわよね?アンタがアイツ以外の奴と幸せになるなんて、そんなの絶対にダメよ」
「………………」
「自暴自棄にならないで。確かに悪いのは全部万次郎よ。でもアンタがアイツを見捨てたら…誰がアイツを救うの?誰がアイツの我儘に付き合うの?誰がアイツを…幸せにするの?」
「もう…僕の知らない彼なんです」
膝の上でギュッと掌を握り締める。
「それでも諦めるなんてアンタらしくない。アタシの知るアンタはどんなことがあっても絶対に万次郎を好きでいたわ。何があっても絶対に、アイツのことを信じた」
「………………」
「お願いカノ…アイツにはアンタしかいないの。アンタが万次郎の全てなの。だから絶対に…アイツを見捨てないであげて」
「…海凪ちゃん」
「それじゃあ…もう行くわ」
八の字に眉を下げて小さく笑んだ海凪は、背を向けて去って行った。
「………………」
先程の海凪の言葉を思い出す。
「(私だって彼と幸せになるんだと思ってた。どんなことがあっても彼を好きでいたし、何があっても彼を信じた。私もあの人が全てだった。でも…もうダメなんだよ、海凪ちゃん。)」
悲しげに瞳を揺らし、泣きそうになるのを堪え、キュッと唇を結んだ。
「(私たち、もうとっくに終わってたの───。)」
next…