第1章 3ヶ月が始まる
「うーん、どうしよ」
都内の素敵なカフェに似合わない溜め息をついた。
スマホの電卓で、何度も計算した。それなのに。
足りない…。
何が?
お金が、である。
留学資金の為に貯めたお金が足りない。
この3年、自由が丘のお菓子屋さんで頑張って働いたのに。今の貯金だけではベルギーへの留学の資金が足りない。
あと100万円、いや80万でいい。余裕が欲しい。
長期滞在ビザにして、学校に入りながら、チョコレートのお店で働く計画だった。
少なくとも1年以上は留学したい。
先月で、仕事は辞めてしまった。
早とちりだけど、貯まったと思い込んでいた。
だけど今、改めて計算したら、もう少し余裕があった方が良い事に気づいてしまった。
「はぁ〜!今さら前の店にも戻れないしなぁ」
溜め息をついて、冷めてしまった紅茶を飲んだ。
勤めていたお店の皆は、送別会を開いてくれて、お花までプレゼントしてくれた。今さら戻れるわけがなかった。
カフェを出て、バイトを探そうと思いながら歩き出した時、バッグの中で携帯が鳴った。
私の兄からだ。
「もしもし。お兄ちゃん? 」
「おお!妹子、元気か! 」
10歳も年の差がある兄からの電話だった。気が滅入ってる時は兄の元気な声を聞いてもちっとも嬉しくない。
「何か用?今忙しいんだけど」
そっけなく言った。
それでも怒らない温厚な兄は昔から優しい。
10歳も年が離れていれば、喧嘩にもならないし甘やかしてくれる。
「妹子、お前さ。俺の店で働かない? 」
「お兄ちゃんの?うーん、気が進まないよ。給料高いなら別だけど」
私の兄は都内でパティスリーを営んでいる。
そこで働くのが普通なんだろう。
だけど、私はそれにはちょっとだけ抵抗がある。
兄に頼って生きてるみたいで嫌だった。だから、働く場所は自分の力で開拓して来た。
「妹子が働くなら給料ははずむよ。とりあえず、3ヶ月で良いんだ。3ヶ月で150万出してやる。留学資金、どうせ貯まってないんだろ? 」
流石は留学経験のある兄だ。私の事をよく分かっている。
さっきはつれない返事をしたことも忘れてしまった。
「お兄ちゃん!働かせて下さい。ボーナスも下さい!明日からでも大丈夫です! 」