第10章 別れ
19歳の誕生日が過ぎると僕はにわかに忙しくなった。遺言に記されていた婚約者以外の曽祖父の遺志を継ぐために外に出向く。
呪術界への寄付の話や各界への挨拶回り。現当主から一部、五条の資産が受け渡されてその事務手続き。それに加えて高専の任務。やっぱり去年ハワイに行っといて正解だった。
年が明けて1月。少し落ち着いたところで、僕は夕凪を五条の屋敷に呼んだ。婚約の儀に向けて夕凪がやるべきことがあるからだ。それは最初の一歩。
「夕凪、大事な話で呼んだ」
「はい」
まだ何も話してないのにすでにカチコチだ。大丈夫か? 雰囲気で遺言のことだって察してんだろうな。
「オマエもずっと気になってたんだろうなぁとは思うけど、婚約者のこと。遺言のこと」
「う、ん」
「当主がオマエに直々に質問する」
「何を?」
「僕との関係」
夕凪は相変わらず僕をじっと見て固まってる。五条からは相手に婚約を強要することは出来ない。一方的に告げることも出来ない。それは秘術に関わるから。最優先は夕凪の気持ちだ。そこが伴わないとこの遺言自体、意味をなさなくなる。
「……どうすればいいの?」
「夕凪はありのままを言えばいい」
「ありのまま? 今も付き合ってるって言うの?」
僕が頷くと固まった表情から考え込むような顔に変わった。盆の夜に僕の部屋で見せてた表情とは、なにか違うような……緊張してんの?
「あたし、五条家に迷惑かけるような事は言えない」
は? いまだに "迷惑" とかそんな言葉を言う夕凪に驚く。1年前とまるで変わってねぇ。
ついこの間まで「あたしが婚約者?」って言って期待感前面に出してたのに。遺言が開示されたにも関わらず、僕と付き合ってる夕凪を五条家が迷惑そうにした事一度でもあったかよ。
「迷惑じゃねぇーから。僕を信じてよ」
言いたいことをわかってほしくて、そして何より僕と築いてきた関係を信じてほしくて、いつになく真剣に夕凪を見つめる。
夕凪はそんな僕の目をじっと見て、しばらくすると「好きだって正直に言えばいいの?」って具体的に聞いてきた。
一時的に生じた気持ちの揺れだったのか? 夕凪がぐだぐだ、ふらふらする事はたまにある。