第10章 別れ
「写真間に合ったみてぇだな、ってなに? 寝てんの?」
寝たふりをした。だってあんな遺言書を見た後でどんな顔していいかわかんないし、今ここでちらっと立ち聞きした長老との会話も、聞いてなかったような顔をしたい。
薄目でちらりと悟くんを見たら、近付いてきてベッドに腰掛けた。手が伸びてきて、髪でも撫でてくれるのかなぁと思ったら……。
「寝顔がタヌキみてぇー」
鼻をつままれてぐりぐりしてくる。
「ちょ、ちょっと何すんの、つぶれる」
くくって悟くんが意地悪顔で笑ってる。タヌキって! タヌキって彼女に言う!?
「起きろよ、そろそろ高専戻るぞ」
「こんな起こし方ある?」
「ほかにどんな起こし方あんだよ」
「優しくとんとんって」
「そんなんじゃオマエは起きねぇだろ」
確かにあたしは深く寝たら簡単に起きないのは認める。悟くんの言う通りだ。さすが小さい頃から見てきてきただけの事はある。言葉の返しようがなくて、ぷいっと顔を背けた。
「拗ねんなよ、じゃあ次からこうやって起こす」
顎に手をかけられて背けた顔を悟くん側に向かされた。ゆっくり近づいてきた顔は瞬く間に至近距離になり、反射的に目を閉じるとそこにキスが落とされる。
――優しいキス。
ガキくさいかと思えば、時々こういうドキっとするような事もする。悟くんは大人に変化していってるんだなぁと思う。
遺言書を見てしまった以上、不安な気持ちは完全にぬぐえはしないけど、こんな優しいキスをしてくれるんだから、心配しなくてもいいよね。
遺言の事は、婚約者の事は、悟くんから話を聞くまでは、考えないようにしよう。キスした後の悟くんの余裕そうな顔を見ながら、あたしはそう心に決めた。