第9章 婚約者は誰?
親友を失った夏が過ぎ、花火を見て寄り添った秋は瞬く間に終わりを迎え、季節はあっという間に冬となった。
初冬。
教室で悟くんと向かい合う。空気がひんやりとしていて、ほんの少しだけ寒い。この教室は普段誰も使っていなくて暖房器具をつける事がないからだ。でも、きゅっと身が縮こまりそうになるのは、きっとそれが原因じゃない。
「そんな暗い顔すんな」
「うん」
「最強だよな? 僕」
「うん」
「最強に楯突ける奴なんかいねぇーよな」
「うん」
「好きな女がいるのに婚約なんかするわけねぇだろ」
「うん」
悟くんの言葉に何度も頷いた。最近、一人称を俺から僕に変えた悟くん。「僕が遺言で人生決めると思う?」って言う。かぶりを振りながらそれでも不安で、悟くんの胸の中に顔をうずくめると、彼は腕全体であたしを優しく包みこんでくれた。
「夕凪、オマエのことが好きだから」
「う、ん」
普段めったに使わない言葉であたしを安心させようとしてくれる。付き合い出してから知った悟くんの匂い。ラグジュアリーなシャツの香り。
もう二度とこの香りを嗅ぐことはないんじゃないかと不安になり、思いっきり香りを吸い込む。
「ちゃんと連絡するから、あんまり心配すんな」
「うん」
最後に何度か唇を重ねて悟くんとあたしは教室を出た。