第2章 ただそれだけ
あたしが知らないところで悟くんは蘇生術の知識も与えられていたのかもしれない。
人工呼吸して彼はあたしを助けてくれたんだよね?
命を助けるための行為だっていうのは知ってる。
とはいえ、9歳のあたしは、ドキ、ドクンと変な鼓動が二重に重なって心臓がとても苦しかった。
でもこのドキ、ドクン=好きと呼ぶにはあまりに短絡的すぎる。そんな一瞬でこれまでの嫌いが全て覆るわけがない。
3話で完結するドラマならそんな劇的展開があるのかもしれないけど現実にそれはない。
悟くんをかっこいいと思う事はこれまでもあったけど、それはほんの一瞬で、99.9パーセントは全然優しくないし、あたしを物みたいに扱うし、相変わらず弱ぇーだのブスだの泣き虫だの言ってくる。
そんな悟くんとの日常が舞い戻ると、あたしのドキ、ドクンはどこかに綺麗に飛んでいった。
子供時代に感じたドキ、ドクンはこの一回こっきりだ。
ただ、悟くんはこの事件あたりからあたしにあまりひどい悪戯はしなくなったような気はする。
「叔父さんからお菓子貰ったから夕凪にもやるよ」って言われて手を出すと、以前はそこに蛙が乗せられたんだけど、本当に高そうなお菓子をくれるようになったし、池に落とされる事もなくなった。
悟くんはそれからどんどん強くなった。
全て見たわけではないけれど、たくさん祓っていたと思う。
理由など問わず、命を狙って来る呪詛師はすべて瀕死か殺された。容赦ない。
時々笑って「相手してやるよ」って高揚してる姿も見た。子供なのに猟奇的だ。
そういう五条悟の噂がこの界隈で広まると、次第に悟くんを襲う輩は減り、五条家も安定していった。