第14章 犬は吠えるもなき声は影にひそむ
「……よし。」
私は涙を袖で拭いながら階段を登り、そしてまだ赤い瞼を抱えたまま目の前の人々を見つめた。
不思議だ。先程まで咽せるような思いだったのに今は落ち着いている。心臓がゆっくりと鼓動を打っているのがわかる。けれど決して小さくはない。
やるべきことをやろう。私はお嫁さんでもあるし母親でもあるけれど、呪術師でもあるんだから。
「ねぇあなた…。」
そして私が声をかけたのは高校生の女の子。ノートとペンに自分の名前を書くこと、周りの人にも同じようにしてもらうように頼んだ。
簡易的な名簿を作ってもらい、呪術師が集まる地上へと彼女たちを逃すためだ。悟以外の呪術師が帳に通せんぼされている以上、人がB5Fに行くことは阻止しなければならない。
21時にノートを回収すると彼女に伝えて私は一度帳のことを説明するために地上へ戻ることにした。
駆け足で行ってしまえば早いがそうするわけにはいかない。今自分にできるペースで私は足を早急に進めた。
……が、突然左下腹部にピキッとヒビが入るような痛みが走る。
「っ…!」
…っ動けない!
唐突な痛みに私は立ち止まり蹲ってしまう。
ただの痛みならいいんだけど…。
何か不穏な気がして胸に霧がかかったような気がした。