第13章 黄いろの花はゆれる四のけものは塞がれたむすめのもとへ
「子供が、いるの。悟との子供、今お腹の中に…。」
私がそう言うと今度は涙を拭っていた指の動きも止まった。私はただ必死で彼に伝えなくてはと言葉を続ける。
「だから少しでもあなたがいなくなる可能性があるのが怖い。」
掴んだ悟の手と私の手の上にポタポタと大粒の涙が流れる。その雫はまるで私の手のひらを溶かすほど熱く感じた。
2人の間に流れる沈黙。少し離れたところから聞こえる喧騒。その声が悟と私を引き剥がそうとして、早くしろと言ってるように聞こえた。
しかし私は悟と離れることができず精一杯の力で彼の手を握る。
「…ごめんっ、なさい……。」
こんな時に悟を足止めしてしまい我儘を言う自分が嫌で仕方なくなって謝罪の言葉を述べた。するとようやく静止していた悟は動き出し、ゆっくりと両膝頭を地面につけて膝立ちをする。
そして、私のお腹…もっと詳しく言えば下腹部に自分の顔を優しく押し当てながら私をそっと抱きしめた。
「…ここにいるんだね。」
悟がそう言ったその時、私のものではない別の鼓動がドクンと跳ねた気がした。悟は私のお腹に服越しに触れるだけの口付けをして、それから立ち上がると私の唇にも同じようにキスをした。
「帰ってくるよ、絶対。」
そして悟は暗い帳の中へと呑まれていった。
帳の中に入っていく彼の背中を見つめながら私は小さな声でいってらっしゃいと見送りの言葉を呟いた。おかえりと言えるように。悟の姿が見えなくなったのを確認して、私もまた踵を返すのだった。
____名前を呼んでも現れなくなるまで、あと37分。