第19章 春に風をふかせしそらは、秋に雨をもたらす
「針。」
「なに?」
昼食を食べ終えると、母が私の名前を呼んだ。声がワントーン低い。なにか真面目な話があるのだろうか。
「帰ってくるように伝えたのは、棘がいるからだけじゃないのよ。……これを。」
そして差し出されたのは一冊の古い冊子。それもとてもとても古い冊子だった。表紙はボロボロで所々剥がれ落ちていて、背を閉じているのはノリでもホチキスでもなく紐だ。
…100年以上前の物なのかもしれない。
「あなたが呪術高専に入ってから、物置に同じ呪言を扱う人がいなかったのか記録を探したのよ。…力になりたかったのだけど、渡すのが遅くなっちゃったわね。」
そうしてお母さんが差し出した本をペラペラと捲ると、そこには確かに私と同じ術式を扱っていたであろう呪言師の記述があった。
その中の一文に、
"我武者羅に修行した"
"ある日私はただ白い部屋へと辿り着いたのだ"
"私が出向いたのではなく、その空間は私を包むように現れた"
"不思議なことにその空間では私の呪言は一般的なそれと同じになった"
"これが所謂、領域展開というものなのだろうか"
と書かれていた。
「これは……。」
「お母さんにはわからないけど、針には何か重要なことが書かれているでしょう?」
「…うん。」
私はその冊子をまた1ページ目に戻って、最初から文を読み直す。集中する私の様子を見て、お母さんもそれ以上話しかけることはなく食べ終えた食器の片付けをし始めた。
"出来損ないであった私はただ亡くなった妹の魂を呼び戻せないかと我武者羅に修行した"
…魂の、"呼出"。
それって降霊術と同等じゃない。呼び出した魂の器は必要なのかしら、呼出するときの呪力消費は、第三者の目にも映るのか。気になることが山ほどある。この冊子もきちんと全て読みたい。
だめだ、我慢できない。
「帰って修行しましょう。」