第1章 出逢ってしまったふたり

台湾
台北


「OK 今潜入した」


ブラックのボディスーツに身を包み、
片手にハンドガンを持ちながら
わたしはイヤホンマイクから無線の向こうの相手へ話しかけた。

わたしはあるスパイ組織の諜報員として雇われ、
今日もこうして、違法取引の現場に潜入捜査中だ。

普段は米国が主な拠点で国籍も米国だけど、今日ははるばる台湾での任務。
民族は日本人という何ともややこしい境遇だ。

わたしがこの世界に足を踏み入れたのは18のとき。
様々な出来事がきっかけだけど、過去についてはあまり人には語りたくない。
ただ真っ暗闇でどんよりした過去だから。

それから6年。
24歳になったわたしは日に日に思うようになっていた。

普通に友達と遊んで、普通に働いて、
恋をして、結婚して…
そんな普通の人が辿るありふれた幸せを、この先ずっと味わえず
いつか誰かに殺されて死んでしまうのだろうか。

これまでの任務の中にはFBI CIAなんかも敵に回すようなこともしてきた。

母はよく言っていた。
世界一大好きな人と恋をして欲しいと。

母が望んでいた眩しい世界とは180度違う真っ暗な世界で、わたしは誰からも愛されずに死ぬんだろうか。

そんなことを数ヶ月間ずっと考えていて
わたしはある決断をした。

この組織から抜けよう。
今日の任務中に海に落ち、死んだふりをして新しい人生をスタートさせたい。

すでにある船に密航を手配済み。

あとは、この取引で取り交わされる、あるメモリーカードを奪い、そのあと海に飛び込むだけ。


そんな目論見をしながら、
わたしは物陰に潜んでじっとその時を待った。

しばらくすると黒いコートに身を包みサングラスをかけた、ガタイの良い男が現れた。


「ウォッカ…」


通称 黒の組織と、わたしが所属するスパイ組織には密接に関わっていて、
今日も、黒の組織に任務を依頼されている。