第18章 5月20日 社内、蕎麦屋
「何で、武井さんに?」
行きと同じく非常階段で今井が聞いてきた。
「筒井課長。 あの人の微妙なセクハラ、まだ続いてるみたいよ」
「まだ……って」
「新職の時にね。 書類の受け渡しの時に手を握ったり、ぶつかるフリして体触ってきたり」
「このご時世に勇気あんな……武井さんもそうだって?」
「分かんない。 あの子しっかりしてそうだし。 けど、未然の間に牽制しといた方がいいかなって」
「はあ。 根性あるわ、あの人も」
「感心するとこ?」
振り返って睨む小夜子に、はは、と今井が笑って誤魔化した。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、その頃に自分が傍にいて守ってやれなかった事が悔やまれた。
いつも周りにアンテナを張り、他人の為に動く彼女は、自分自身のトラブルには酷く微弱だ。
ここ二年の間、その信号を嗅ぎ取り彼女を注意深く見守っていた。
アクシデントに見舞われない様に立ち回り、陰から小夜子を支えていた。
そんな自分も、秋にはここを去る。
やたら綺麗な子が入った、彼女が新職だった頃のそんな噂から少し。
今まで、小夜子は良きパートナーだった。
出来れば公私共にそんな関係になり得たら良かったのだが。
願わくば、自分の代わりに彼女を守ってやれる人間が現れればいいと思う。
彼女が彼女であり続ける為に。
気付かぬうちにその身をすり減らしてしまわないうちに。
「幸運を祈るよ」
「……何か言いました?」
何でもない、そう言って総務のフロアに到着し、今井が自席に戻って行った。