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月夜の欠片

第4章 第9章 風柱と那田蜘蛛山 586ページ付近


雑貨屋の店主に生暖かい目でが見つめられている頃、杏寿郎は目を覚まし空の布団を凝視していた。

「どこに行った?……ん?手紙か?」

まるで抜け殻のようにこんもりと盛り上がっている掛布団の上に、2つ折りにされた手紙がそっと置かれている。
首を傾げつつ中を確認すると、杏寿郎の目尻が下がった。

「お買い物に行ってまいります!すぐに戻りますのでご心配なさらずに……か。それにしても急いで書いたのか?文字がふにゃふにゃだ」

杏寿郎が目を覚まさないという千載一遇の機会を逃してなるものかと力んだのだろう、手紙に書かれている文字は子供が書いたようにふにゃふにゃになっている。
そんな事を知らない杏寿郎にとっては急いで書いたとしか思えないので、本人の罷り知らぬところで目出度く難を逃れている。

「買い物……食材でも家具でもないだろうから……欲しいものでもあったのか?そう言えば から1度もねだられたことがないな……ねだられてみたいものだ」

特殊な環境で育ったが故かは1度も杏寿郎に物をねだったことがない。
着物も髪飾りも食べ物に関しても何一つ自分から欲しいと言わないし、欲しそうに見つめる姿すら杏寿郎はお目にかかったことがなく、欲しいものを買いに行くという考えにすら疑問が湧いてきた。
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