第25章 splinter
"卒業式の日に桜の木の下で、それ歌ってよ"
"え、みんなの前では恥ずかしいよ"
"いや俺の前でだけでいいよ"
"はぁ?"
ケラケラと笑っていた彼女のことが、鮮明に蘇る。
それからくま野郎のことも…
「…歌…聴きたかったな……」
これは…
拷問だ。呪いだ。
そう思った。
「はー…なーんか…卒業っつー実感がねーなー…」
「そうだね…」
硝子が桜の絨毯を靴で掘りながら言った。
「どーせ俺らって卒業しても、やること変わんねーだろ?だからかなー、なんか、テンション上がるどころか下がるわ〜。しかも、みんな離れ離れ〜とか、忘れないよぉ〜とか、そーゆーフツーの学園ドラマみたいな青春ないからなー。第2ボタン下さいとか言われたかったわ〜」
「ねぇ、五条。」
ペラペラと喋りっぱなしの五条に、硝子は声をかける。
木に寄りかかって上を見上げていた五条は、サングラス越しにこちらを見た。
そのレンズには、ひらひらと動いているものがたくさん映っている。
「写メ、撮る?…桜綺麗だし。
写真好きっしょ、あんた。」
五条は、少し沈黙し、
木に身を預けたままずるりと座った。
そして静かな声を出す。
「あー…いいよ別に。」
「…いーのー?
私が付き合ってやることなんてそうないよ?」
「うん。残すことばっかしてるとさ、"今" が見えなくなるだろ。今に無くて過去にあったものを探して、見て、感じて、で…幻覚を作りあげようとする…」
楽しかった日々を思い出して
脆くなるんだ。
人間は弱いから。
あの頃に戻りたいとか感じてね。
「足止めになるようなものは避けたいんだ…
進みたいんだ、前へ…」
五条は桜の絨毯をすくった。
その手首には、ミサンガがしてある。
硝子は無意識に自分のミサンガを触った。
五条の手のひらからハラハラと花弁が落ち、
また絨毯に加わった。
「 "僕" はもう、道を決めたんだ。
そこを通る絨毯も、自分で敷いていく。
ルビーみたいに真っ赤な絨毯をね…
僕には………夢があるんだ。」
そこに落ちていく花弁はまるで雨のように
いつまでも降り注いでいた。
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