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極楽浄土【鬼滅の刃/童磨】

第8章 仮初



やがて、菖蒲の舞には、これまで以上の深みと迫力が備わるようになった。それは、悲しみや孤独、怒りといった、これまで知らなかった感情が加わったからにほかならない。

彼女の舞は、見る者の心を揺さぶり、感動させた。

「菖蒲様の舞は、心を震わせる」

「彼女の舞には、魂が宿っている」

彼女の評判は日増しに高まり、舞の依頼は鶴之丞を経由せず、直接菖蒲のもとへ届くようになる。


最初は礼儀として鶴之丞に相談していたものの、「勝手にしろ」と冷たくあしらわれ、やがては鶴之丞に何も報告せず仕事を淡々とこなし成果を上げていった。


鶴之丞に何を言われても意に介さない。


名声や利権にしか興味がない鶴之丞を
その名声が自分の力によるものだと信じ込んでいる鶴之丞を
菖蒲見抜いて、期待することを辞めたのだ。

鶴之丞の屋敷にいるのは、もはや妻としてではない。
神楽舞踊を継ぐ者としての「役目」を果たすため。
彼女は、鶴之丞との関係を「形式だけのもの」と割り切り、精神的に彼から自立していった。




しかし、形式とは言っても味方もいないこのような立場で孤軍奮闘するたびに、身も心も孤独で削られるような思いがした。


季節は廻り、1年を通り越してまた冬になる。


冷たい風が、心に開いたまま塞ぐこともできない穴に氷の花弁が刺さったように、息が出来ない夜。

誰も通らぬ雪積もる庭園を見つめながら、肩口を出して傷の跡をなぞった。

それは、自ら投げ打った幸せの跡



こんな人も通らぬ静かな夜くらいはあの日々を想って
一人涙を流すことを許してほしいと願った。








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