第10章 凍土の胎動
やがて、その衣擦れの音の主が、如何にも人らしからぬ異様な、しかし神々し何かを纏い二人の前に姿を現した。
座敷の奥、まるで白銀の彫像のように完璧な美しさを纏った男。長く柔らかな白橡色の髪、そして、極彩色に輝く虹色の瞳。その瞳は、実田や静代の姿を映しながらも、彼らの魂の奥底まで見透かしているかのような、圧倒的な虚無を宿していた。
「やあ、これはご丁寧に。よくおいでなすった」
顔に完璧な笑みを貼り付け、極めて柔和な声で挨拶。
しかし、その笑みは、実田が過去に交流した際の純粋な「歓待」の笑みとは異なり、どこか表面だけで凍りついているように感じられた。
彼の興味は、目の前の二人ではなく、彼らが持ってきた「菖蒲」という情報にのみ向けられている、と二人は本能で察した。
童磨は静かに座布団に座ると、松乃を見た。
「話を聞くといい」
松乃は頷き、実田へと視線を向けた。実田は、息を整え、意を決して語り始めた。
「教祖様。単刀直入に申し上げます。
霧滝菖蒲さんは、ご存知の通り、華雅鶴之丞という男に嫁いでおります。
しかし、その夫の虐待により心身を蝕まれ、先日から蔵という冷たい土間に隔離され、命の危機に瀕しております」
実田は、菖蒲が吐血したこと、鶴之丞の狂気、そして医者にも診せてもらえない現状を、一言一句、冷静に、しかし切実に語った。隣で静代は、ただ唇を噛み締め、その言葉に耐えるしかなかった。
「私は、毎年菖蒲さんに正月に舞の依頼をしている関係で頼んでいたのですが返事もなく、昨日足を運んだ際、使用人と鶴之丞の異変に気づいたのですが、どうやら、医者にもかかっていない様子。
あの子は、今、極寒の土蔵の中で、手当てもなく、命の危機に瀕しています」
童磨は、その間、一瞬も笑みを崩さなかった。だが、実田が「蔵に隔離」「吐血」と口にするたびに、彼の瞳の虹色が、まるで氷の破片のように冷たく、鋭く輝くのを、松乃は静かに見つめていた。
実田が話し終えると、本堂は再び、針が落ちる音さえ許されないほどの静寂に包まれた。
童磨は、苛立ちからか静かに茶碗に手を伸ばし、それを口に運んだ。そして、初めて、実田と静代の顔を正面から見据えた。
「――なぜ、もっと早く言わなかったのかな?」
「そして、なぜ、手を離した相手である俺を頼ろうと思った?」