第43章 8月31日
いつもは足早に通り過ぎる
ビルの玄関ホールで立ち止まる。
ガランとした空間には誰もいない。
スマホを開いて
毎日、開いては閉じたその画面を今日も開く。
【お疲れ様です。
黒尾さん、別れましょう。
今までありがとうございました。】
毎日いろんな言葉を打ち込んで
そして消した。
いろんな言葉を準備してきたはずなのに、
たった3行。
震える手では、
これだけ打つので精一杯だった。
手が、震える。
昨日まで
何度も何度も、人差し指を
伸ばしては戻してを繰り返した
押せなかった送信ボタン。
いつもだったら伸ばした人差し指は
結局送信ボタンには届かずに
その下にあるバックスペースキーを押してしまっていたんだけど。
涙でにじんで
画面はよく、見えていないけど。
何度も押そうと思ったソコに
指が触れた。
画面の右下に
何分もかけて打ち込んだ、
たった3行が表示される。
足も震えて
思わずしゃがみ込んだ。
まだ、既読はつかない。
だけど
さようなら、8月。
さようなら、幸せだった時間。
…………最後は、違ったけど。
それでも、
やっぱり。
幸せだった。
大好きでした。
さようなら、
黒尾さん。