第1章 「殺されてもらえますか」
『時雨、仕事だ』
両親の顔さえ、知らない。
ぬくもりに抱かれたことさえないんだ。
自分が何者でどこから来たのか、それすらもわからなくて。
物心着いた時にはすでに組織の中にいた。
甘いお菓子の味を知る前に、毒や薬を覚えた。
何度も何度も襲う吐き気。
倦怠感。
死への、恐怖。
鉛筆を持つより先に、ナイフや銃を握らされた。
なんにもない。
あたしにはこれしか。
生きる道などない。
「………」
「お目覚めですか、お姫さま」
ぼんやりと掠む意識の中、なんとか重い瞼を、開ければ。
目の前で先ほどの男がにこりと微笑んでいた。
「………っ」
一瞬でクリアになる意識。
咄嗟に体を動かそうとするけど、両腕が引っ張られて動かない。
「?」
そ、と、頭上を見れば。
ゴムのような、伸びる素材のベルトはベッド上のフックに絡まり、あたしの手首へと巻き付いていた。
「なに……ッッ、これっ」
う、ごかない!!
「ああ、出血の割に傷は浅いようですが動かさない方がいいかと思いまして。………拘束させて頂きました」
「は?なに言って……っ」
「これ、簡単には千切れませんよ?親指折っても抜けませんから、無駄に体痛め付けないでくださいね?」
「……さっさと……っ、殺せばいーだろっ」
「そんなもったいないことしません」
「は?」
ゾクリ。
また。
あの、感覚。
背筋が凍るような、這い上がるゾクゾクとしたもの。
「あなたが気に入りました」
「は?」
「私のものになってください」
……………。
「…………は?」
狂ったか、こいつ。
何言ってんの?
「あなたのDNAとして体の一部は先ほど依頼主の方へとお送りしておきましたので、ご安心ください」
「えっ」
体の、一部?
って。
どこ!?
青ざめるあたしの目の前で、彼は目の玉をくるくる回しながら。
にこりと微笑んだ。
「ひ……っ」
そ、れ……っ。
あたしの、目!?
「小指とか、耳とかだとまだ生きてる確率上がっちゃいますし。目玉が一番死を偽装するのに手っ取り早いかなって」