第9章 姫さん、拐われる
今まで政宗の右眼を見て、忌々しいと言った者はいても綺麗だと言った者はただの一人もいなかった。
ましてや、無意識での本心からの言葉なら尚更。
「…あれは絶対お前がおかしい。傷見てキレーなんて言う奴いるわけがない」
「ですから、私は傷を奇麗と思ったのではなくてですね。普通意識がある状態で他者が目玉を取るなんてことしたらまず間違いなく傷口がめちゃくちゃになるんですよ。自分が痛みに悶えるか相手が躊躇うかで。なのに政宗どのの眼にそんな傷はなかった。つまりどちらもお互いがお互いを信頼し合って
「あーあー!!もうそれは散々聞いたわ!」
(政宗どのが照れてる)
政宗も小十郎も、よもや傷で主と家臣の信頼関係を推し量られるとは思わなかったのだろう。
そのことを伝えた華音が去った後、小十郎は号泣し、常長ももらい泣きならぬもらい号泣した。
政宗も泣いてこそいないが、居た堪れなさと羞恥心で真っ赤になったらしい。
ちなみに今も若干耳が赤い。
華音が見ていなかったのがせめてもの救いである。
二人がわちゃわちゃ言い合っているうちに政宗の部屋に着く。
「ちょうど近くにいるだろうし、俺は二人を呼んでくるが…いいか、今日は絶っっ対あんな恥ずかしいこと言うなよ」
「恥ずかしがらなければいいんですよ」
政宗の破天荒ぶりが可愛く思えてくるほど無茶苦茶である。
待っている間に華音は診察に使用する器具を用意して磨く。
余談だが、華音は布団が敷いてある男の部屋には一歩も入らないので間違いは起こりにくい。
「政宗様、お茶が入りました」
襖の向こうから聞こえた落ち着いた声が聞こえた。
華音が返事をするより先に襖が開く。
スッと開いた襖からは女中姿の者が茶を盆に乗せて入ってきた。
「ついさっき政宗どのは出ましたが、もうすぐ来ますよ」
「かしこまりまし、」
そこで初めて、女中と華音の目が合った。
女中は華音を見て目を見開くが、すぐに表情を戻し口角を上げる。
「みつけた」
「……!!
___美少年」
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「華音!!」
息を切らして自室に戻った政宗と家臣の小十郎と常長。
その部屋にはもう、誰の影もなかった。