第9章 姫さん、拐われる
実力主義の武将は少なくないが、その中でも信長のそれはかなり顕著な方だと思われる。
身分の低い秀吉と三成、あとは光秀が良い例だ。
世襲や生まれを重んじる考えを持つ家老とは相性が悪い。
「それはそうと三成殿、あちらにて秀吉殿が呼んでいましたよ」
「…そうですか。わざわざありがとうございます」
一瞬だけ華音と目を合わせ、彼女から“先に行って”という目線を送られた三成は、渋々だがその場を後にした。
「三成、どこにいたんだ」
「秀吉様、今華音様が…」
三成に促されて秀吉が見たのは、以前から秀吉達をよく思っていない家老と華音が話している光景だった。
あの家老は誰が相手でも容赦が無い。
思わずしゃしゃり出そうになったが、自分が行っても華音の立場を悪くしてしまう恐れがあるため下手なことは出来なかった。
「三成、近くに家康か政宗がいたら呼んできてくれ」
「分かりました」
しばらくしてまさかの家康と政宗の二人とも連れてきて、四人で家老と華音の様子を見る図が完成した。
ギリギリ話し声は聞こえるので、全員が耳に神経を集中させる。
「___ところで華音殿、貴殿は腹が立たぬのですか」
「…何がでしょうか」
「まあ誰とは言いませぬが、我らが仕える主のそばに身を置く者達のことです」
名前こそ言わないが、それが誰かはすぐに分かった。
信長のそばにいる人間なんて限られている。
「近頃噂になっているのですよ。たいした身分も持っていなかった、無名だった者達がまだその地位にいるなど…選ばれたつもりか?とな」
家老の言葉で、家康と政宗はここに呼ばれた理由が分かった。
秀吉と三成では家老を上手くいなすことはできない。
華音が本当に困ったら、自分達が行くのだと。
家康と政宗は、二人の表情をちらりと見る。
秀吉も三成も、悔しそうに端正な顔を歪ませていた。
特に三成は、秀吉と信長のどちらも侮辱されたから余計に悔しいだろう。
二人があのようなことを言われるのは初めてではない。
むしろ、最近になってやっと大人しくなった方だ。
だから、耐えるしかなかった。