第9章 姫さん、拐われる
次の日、信長と彼のそばに身を置く数少ない武将が集まる軍議の場にて。
上座に座るのは、安土城城主織田信長。
その下のすぐ横には豊臣秀吉、石田三成。
向かいには明智光秀、伊達政宗、徳川家康。
そして三成の横には、何一つ納得していない顔をする華音が鎮座している。
茶を持ってきただけなのに、「貴様も座れ」と言われて渋々座るはめになった。
(茶を私に頼んだのは私を呼ぶためか…)
出て行きたいですなんて野暮なことはとてもではないが言えない。
大人しく茶を飲みながら軍議の内容に耳を傾けた。
「まずは私からご報告を」
秀吉と三成の報告から始まった。
彼らによると、先の本能寺で信長を襲った者の足跡を辿ったが失敗に終わったということ。
つまり、この先また同じようなことが起こると同義だ。
(顕如とか言ったな…あの人。顕如が信長公暗殺の首謀者だったのか…?)
この場において、華音だけは唯一真実に辿り着いていた。
あの日の夜、華音が出会ったのは佐助達だけではなく、顕如にも遭遇していた。
夜目が効いていない状況下だった故にあの時は判断出来なかったが、今思えば信長暗殺未遂の瞬間に見た人物像と顕如は一致する。
しかし、華音はそのことを言わなかった。
何故なら、言ったところで信じてもらえる保証は無いからだ。
例えば秀吉や光秀が、顕如が首謀者だと言えば誰もが信じるだろう。
だが華音は違う。
二つ目は、今思ったことはあくまでも憶測に過ぎないからだ。
華音は医者であるので、憶測だけでものを判断すれば最悪どんな結果になるのかを身に沁みて分かっている。
元々の人間性からも、憶測で判断してどうこう言うのは好きではない。
それが事実だったとしてもだ。
三つ目は、ここで華音が言わなくても変わらないからだ。
どの道これからも調査を続けることには変わりない。
華音は意味のないことはしない。
人命が関わっていることなら尚更だ。
「私からもご報告をひとつ。東方に送っていた斥候から妙な情報が入りました。何でも死んだはずの“越後の龍”が生きているという噂を耳にしたそうです。さらには病死したと伝えられていた“甲斐の虎”を懐に隠しているとのこと」