第6章 姫さん、謹慎中
ふと、ある男の存在が光秀の頭の中をよぎった。
その男は信長に仕える前より出会い、生きる術を教えてくれたいわば光秀の恩人。
恩人なのに、昔過ぎる故か顔も朧げだ。
ただ、男なのに天女と見紛うほど美しい顔をしていた印象は強く残っている。
そして、天女と言われることを嫌っていたことも。
光秀は目の前にいる少女を見つめる。
___似ている気がする。
顔立ちもそうかもしれないが、誰に対しても正直な物言いや、思わず警戒心が抜けるような穏やかさが酷似している。
何か決定打が欲しい。
彼の男と関係ある者かもしれないという決定打ではなく、彼の男とはなんの関係もないという確信が。
そう思って口を開こうとした。
しかし、
「キュウ!」
「!ちまき」
先程まで光秀の傍らにいた飼い狐のちまきが、それを阻むように華音の膝に飛び乗った。
「ちまきと言うんですね、この仔狐」
「…ああ」
「猫さんは?」
「猫さんは猫さんです」
「……そう」
光秀の思惑を知らない二人はのほほんとした会話をする。
「光秀どの、先程から私の顔を見ていますが何か」
「…いや、忘れた」
「何しに来られたんですか貴方」
ちまきの頭を撫でながら呆れた表情(実際は無表情なので雰囲気)をする華音。
…女に呆れた顔をされるのはいつぶりだろうか。
否、今まではありえないことだった。
秀吉の気持ちも少しだけ分かるかもしれない。
「どうでもいいが、お前は何故信長様の夜伽を毎夜の如く断っている」
「逆に訊きますが、受け入れて私に利点ってありますか」
「気に入られれば高価な着物なり装飾品なり貰えるだろう」
「今の私の格好が奇麗な着物欲しいように見えますか」
確かに、と光秀は思ってしまった。
今の華音の格好は袴に長い黒髪は一つ結び状態。
しかも普通の男より妙に凛々しい雰囲気を纏っている(ボーっとしてない時だけ)ため、男装が様になっていた。
「…どうでもいいが、城に来て1番気に入った男は誰だ。どうでもいいが」
「照月です」
残念ながら、人間の男に肉球は存在しない。