第6章 姫さん、謹慎中
『華音。貴様、天下人の女になる気は無いか?』
あの時の信長の言葉は、冗談に聞こえるが本心だった。
華音をそばに置いておくつもりだった。
艶やかで長い黒髪(普段はポニーテールだが)、黒曜石のような瞳、長い睫毛、陶磁器のような肌を持つ華音は、容姿だけならすぐにでも大名の妾になれるものだった。
おまけに“信長の命を助けた”という口実があれば、誰の反対も押し切って側室になれただろう。
華音が信長のそばにいることで、信長にもメリットはあった。
それは、毎度山のように来る縁談を断る口実だ。
寵愛する美姫がいると話が広がれば、ある程度それが抑制できるだろうと。
信長にとってはある意味望ましいものだったが、信長の右腕である秀吉にとっては大きな懸念があった。
現在調査中だが、華音の身元は不明なままである。
どこで生まれ育ったのか、何故あの夜本能寺にいたのか、全て不明である。
怪しさ満点だが、面白いからという理由で秀吉の主君は華音を城へ招いた。
秀吉の懸念は勿論、華音がどこか敵国の間諜であることだ。
美しい女を使って権力者を篭絡させ、内部から錯乱して国を崩壊させるという話は珍しくない。
信長が今更そういう手に引っかかるとは思えないが、狙いが信長の首や国ではない場合もある。
故に、秀吉は華音に釘を刺したのだ。
怪しい動きをすれば容赦はない、自分はお前を疑い続けるからな、と。
しかし、予想に反して、華音は動揺するわけでも逆上するでもなかった。
初めて会った時と変わらない、意思を持った瞳で秀吉を見ていた。
『___お前が織田軍にとって害となる女狐と分かれば、俺は容赦はしないからな』
『…そんなに難しい話でもないでしょう』
『なんだと…?』
『貴方の言う通り、私がここにいてはいけないのなら、その刀で斬り払って止めればいい』
『………!』
秀吉という男に対して熱を持ったものでもなければ、挑発でも虚勢でもない。
初めて女から向けられた劣情と無関心以外の瞳に、秀吉は動揺した。
この時から秀吉が華音に向ける瞳には、疑いの感情が激しく揺れ動くようになったのだ。