第32章 姫さんと狐の夜*
早馬で来た信長からの「しばし休め(意訳)」という指令に従い、華音と光秀は宿に泊まってから光秀の城である坂本城に行き、しばらくそこで療養するということになった。
色々しでかした光秀を容易に安土城に戻すのは時間がかかるだろうから、休暇にはちょうどいい。
そして今いるここは泊まる予定の宿。
温泉があり、しかも貸切である。
光秀が華音に望むものがかなり露骨だ。
「そんなに俺をまじまじと見つめて、情熱的だな」
「いきなり混浴はハードル高くない……?」
「はーどる?」
恋仲になりたての男女が身体を重ねる前に一緒に湯に浸かるのか、と華音は言いたげだ。
「お前のことだから、本当は俺をしばらく休ませたいだろう」
「はい」
「一方で俺は今すぐお前を抱きたい」
「………」
「だがいいのか?俺がしっかり休んで体力も取り戻した後にお前を抱いたら、一晩じゃ済まないぞ」
「光秀どの、今すぐ私を抱いてください」
「もう少し言葉を選んでくれ」
華音の判断が早いことも言葉が足りないところも知っているが、今の光秀に発揮するべきものではない。
愛しい女から抱いてくれなんて言われたら、それこそ一晩では済まないだろう。
否、「さっさとやってさっさと休め。寝ろ」と言われるよりはマシか。
ちなみに華音が病み上がりであることは使えない。
実は戦いから次の日にはもう解毒はできて完治していたのだが、明らかに疲れが顔に出ていたため、過保護な男達が布団から出そうとしなかったのだ。
「一緒に湯に浸かる必要性は」
「単に俺が見たいだけだ」
「すけべ」
「男は皆そうだ。義元殿もな」
「なんで義元どのの名前が出るんですか」
義元が華音にしたことは誰も知らないが、少なくとも義元が誰に惹かれたのかは知っている。
光秀も同じ人を見ているから。
「さて、入るか」
「わかったからあっち向いてください」
「どの道俺は見るぞ」
「睫毛抜くぞこの野郎」
「義昭様以上に当たりがきつくないか」