第31章 終戦
「俺は君が好きで、たとえ故郷に二度と帰れないとしても、幸せになってほしい。それを覚えておいてくれればいい」
義元の笑みには、もう迷いはなかった。
「……私も、あなた達の幸せを願っています」
「ありがとう。……それはそれとして、君を想ってる男の一人として、今回の件に見合う程度の見返りはもらうね」
「?
……む」
義元は華音の口元に寄せていた人差し指を彼女の唇にふにっと当て、そのまま自分の唇に当てた。
現代で言うところの間接キスを、この男はさらりとやってのけた。
「………」
数秒経って自分に起きたことを理解した華音は、顔が赤くなったり青くなったりで忙しない中、なんとか言葉を絞りだした。
「べ」
「べ?」
「紅を、差してなくて、良かった」
「君は元々化粧はしないでしょ」
頓珍漢なことを言った華音に、義元はふふと上機嫌に笑った。
好いた女が自分にほんの一瞬でも頬を染めたのだ。
こんなに嬉しいことはないだろう。
「さて、そろそろ俺も行くよ。あんまり長居してたら幸村と佐助に置いていかれそうだし、光秀殿に斬られそうだ」
「光秀どのはそんなことしないでしょう」
「華音は鋭いのか鈍いのかわからないね」
義元の気持ちに気づいていながら、光秀の執着には気づいていない。
自分の見目が他人からどう思われているのか知っているのに、自分自身の魅力は知らない。
そんなアンバランスなところも、義元が華音に惹かれたところの一つだ。
「また会いましょう」
「うん、またね」
京から離れていく義元、幸村、佐助を見据えながら、光秀は深々と一礼する。
それを見た3人はそれぞれ反応を返しながらも馬の速度は落とさず、駆け去って行った。
将軍、足利義昭をめぐって起きた戦。
明智光秀、今川義元、真田幸村、毛利元就、顕如、猿飛佐助と名だたる武将達が共同戦線にいたが、決して後世まで語られることはない。
彼らが再び縁を結ぶことがあるとすれば、それはきっと、あの少女が縁の結び目にいることだろう。