第31章 終戦
将軍が死に、華音もぶっ倒れた。
戦の後始末に華音の看病と慌ただしい中、顕如ら一派はいち早く収拾を終え、京を去ろうとしていた。
そこに近づく男が1人。
「顕如殿。此度はお力添えに感謝する」
「……敵に礼などするな。化け狐」
「おやおや手厳しい……とまぁ冗談はさておき。ここからは化け狐としてではなく、華音の連れ合いとしての言葉だ。
華音を救ってくれてありがとう」
「……!」
光秀は顕如に深く一礼した。
義昭にやったような、一時矜持を捨てたものではなく、矜持があるからこその心からの感謝のそれだ。
「……お前のことも信長のことも赦さない。だがあの娘まで憎いわけじゃない」
「……伝えておこう」
顕如ら一派は後ろを振り返らずに去って行った。
光秀の、華音に対して優しい顔をしていたのも、華音が倒れた時の焦った顔も、顕如は見ていた。
その時初めて、この男にも人を愛す心があるのだと知った。
それを知って尚どうするかは、少し先になれば知ることだろう。
「元就殿ももう経つのか。寂しくなるな」
「奇遇だな。俺も寂しいぜ。だからお姫さんでも連れて行くか」
「つれないことを仰るな。華音が行くなら俺も行こう」
絶対“寂しい”は嘘だ。
この場に華音がいたらそう思われていただろう。
お互いの上辺だけの言葉からは本心は読み取れない。
「お姫さんを気に入ってんのは本当だ。見てくれはもちろんだが、あの気の強さは最高に好みだ」
「おや、初めて気が合ったな」
「何者なんだ?あのお姫さんは。同じ毒でも義昭サマはすぐ死んだが、お姫さんはピンピンしてた。義昭サマの言ってた“継国”がそういうヤツか?」
「さてな。“義昭様”にでも聞くといい」
「答える気はないってか」
将軍足利義昭は、鞆の浦から一歩も出ることなく、今もそこで安穏と暮らしている、ということになっている。
光秀や義元と接触したかの使者が、義昭の亡骸と共に痕跡を消し去ったのだ。
誰にでも理解できる忠義ではないが、皮肉にも義昭とは対極的な人間である華音にはわかったかもしれない。
義昭の名誉を守るため、ひいては自分の今までの忠義と人生を意味のないものにしないためだ、と。