第4章 姫さん、城下に行く
さぁやりましょう、やらない、私男と女どっちもいけますから、やらねぇよ、諦めて酒にしたら?、そうします、という感じで不毛な意見の押し付け合いは幕を閉じた。
「きょーちゃーん、もっと呑んで〜」
「見事にベロンベロンですね」
「わたしは酔ってない〜」
「酔っ払いは酔ってないって言うの本当だったな」
「ごめんなさいねきょうちゃん」
「いえ、本当に酒癖が悪い人を知っていますので」
本名を名乗るか迷っている間に、楼主が華音を杏林殿と呼んでいたのにちなんで、皆はきょうちゃんと呼ぶようになった。
どの道ここは源氏名を使っている人がほとんどなので何もおかしくはない。
本名は訊かれたら答えれば良いだろう。
遊女4人が酔い潰れ、楼主は酔い潰れる前に華音が全力で止めて、残った遊女2人と華音で他愛のない話をする。
「そういや知ってるかい?安土城にお姫様が来たんだって」
「あーそれアタシも聞いた。つい最近のことだよね?」
「へえ」
「なんでも凄い別嬪らしくてねぇ」
「じゃあもう誰かのお手つきになってるんじゃないかい?」
なってねぇよ、と華音は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
その間にも彼女達は話を掘り下げる。
主に、その噂のお姫様のお相手について。
本名を名乗る機会が失われた瞬間だった。
「ねー誰だと思う?」
「そりゃあ信長様じゃないかい。…あ、でも秀吉様もあるかも」
「政宗様も」
「…三成く、石田三成様と徳川家康様は?」
「「いやいやいや」」
彼女達曰く、三成と家康は浮いた話が全くと言っていいほど無いとか。
花街にも見かけたことは無いとのこと。
華音は一周回って2人が心配になった。
ゲスな感情は一切無く、余計なお世話だと分かっていながらも、ただ純粋に医者として色々心配になった。
そして流石というか何というか、華音は信長と秀吉と政宗の女性関係の話に小指の爪の先ほどの興味も示さなかった。
哀れとしか言えない。
(……あ、光秀どの忘れてた)
これまで一度も話題に上がらなかった男を漸く思い出した。
しかし、遊女達が違う話に移ったのですぐに全部忘れた。