第22章 水色桔梗と鈴の祈り
「___華音という名を俺は知っているよ。あの子のことだから、“時透”は父の名か何かかな?」
「………」
派手ではないことに興味は無いと、武器だけ置いて元就は皆の前から姿を消した後、義元は光秀に華音に会ったことを告げた。
光秀の目の奥が、一瞬揺れる。
「西方のある国で、小さな祭りが催された夜……俺も、身を隠して舞台を見ていたんだ。美しい彼女をさらって逃げた化け狐は……今頃一体、何を考えているのかな」
「……何のことやら」
「君が義昭様の元に下った真意が、俺にはわからない。君のことをよく知らないから」
ただ、強いて一つ知っているとすれば、幼き日に己を導いた者が同じということくらいだ。
「でも、華音のことは少し知っている。自分を救った狐がこんなところにいると知ったら……誰よりも優しいあの子は、きっととても怒って、とても哀しむよ」
「……華音の想いを、あなたが語るな」
「どうして?俺には俺の、彼女との物語がある。君の知らない、ね」
「「………」」
張り詰めた沈黙ののち、ふっと光秀の口元が綻んだ。
「立ち話はここまでとしよう。大義を前に、小娘のことなどどうでもいい、だろう?」
「……そうだね、終わりにしようか。これ以上は何を言ってもはぐらかす気だろうから。信長一行が京に入るのはいつ?」
「三日後。本能寺の動向は俺が見張ろう」
「ではこちらは、いつでも家臣たちを動かせるようにしておくよ」
「頼りにしている。では、俺はこれで」
裾をさばいて、光秀が背を向ける。
立ち去る光秀の広い背を、義元は無表情に見送った。
「……どうでもいいというなら、どうしてそれを付けているんだ」
答えの出ない問いかけを、光秀の右耳を見て呟いた。
かつての己の師匠が、欠けていた足に付けていたのと全く同じ鈴が、光秀の耳元で揺れた。