第21章 狐の謀反
「……お前はそんなくだらない話をしに、わざわざここまで来たのか?」
「な……っ」
「とっとと出て行け。ここは、お前が居ていい場所じゃない」
「…………っ」
しん……と、牢の中に静寂が満ちた。
秀吉を遠ざけるような言い方に、返す言葉も見つからない。
「……これで済んだと思うなよ、光秀」
秀吉は光秀からゆっくりと手を離した。
「その腹掻っ捌いてでも、いつか必ずお前の本音を引きずり出す」
「……物騒なことだな」
「華音、お前も一緒に帰るぞ」
華音は言い淀み、ちらりと光秀を見る。
「行け、華音。二度とここへは来るな。__いい子だから」
「………はい」
光秀に会い、傷の処置をするという目的は果たした。
これ以上は無理だろうと、華音は引き下がることにした。
秀吉は光秀に背を向け、怒りを鎮めるように肩で息をしながら華音を待っている。
「光秀どの、最後にひとつだけ……」
「……何だ」
華音の小さな声を聞き取ろうと、光秀が柵に顔を寄せた。
傷だらけのその頬に、華音は触れるだけの口づけをした。
「……!」
「私は、待ってますから」
返事は待たずに秀吉に並び、来た道を引き返す。
唇に残る感触と光秀の驚いた顔を、何度も反芻しながら。
足音が聞こえなくなってから、光秀は深く息をついた。
「……まったく、えらい目に遭った」
散々殴られ、蹴られ、痛めつけられたことよりも、秀吉と華音にかけられた言葉の方が光秀の心をえぐった。
「それにしても……」
頬に残る口づけの感触を、指先でじっくりと確かめる。
「……まさか華音が、こんな仕返しを食らわせてくるとは」
こぼれ落ちた笑みが、顔の傷口をひどく疼かせる。
医学に精通する華音の処置は適切で、思ったよりもずっと痛くない。
けれど、痛くてもよかった。
「なかなかにくたびれたが、休んでいるわけにもいかない。さて……ひと仕事と行こう」
光秀はひとり闇の中で立ち上がり、乱れた着物の襟を正した。