第20章 狐の喜劇
囃子の音が鳴り響き、一夜の特別な祭りが始まった。
次から次へ華やかな芸を繰り広げる一座の面々、舞台を囲み賑わう村の人たち、そして、一段高い場所に設けられた豪奢な観覧席では、大名と『義昭様』がくつろいでいる。
義元の姿は見当たらない。
佐助と幸村は、義元に会えただろうかと華音は難しい表情をした。
「どうした、浮かない顔をして」
「…いいえ。少し気になったことがあっただけです」
華音は無駄なことはしない。
“気になること”が光秀に言う必要のあることなら言っている。
だから言わないということは、光秀には無関係なのだろうと判断し、光秀はそうかと言って狐の面を付けた。
光秀が筋書きから演出までを務め自らも出演する喜劇は、座長のお墨付きで、祭りの出し物のトリを飾ることになっている。
『村人全員が抱腹絶倒間違いなし』と、光秀は豪語していた。
策略の一部とはいえ大勢の前でお芝居をするというのに、光秀はリラックスしきっている。
完璧に整えてあるから、緊張する必要がないのだろう。
「光秀どのは緊張しないんですね」
「誰かの先祖のおかげでな」
「それは良かった」
「おーい、光さん!華音さん!」
「座長さん、お疲れ様です」
会場をたっぷり沸かせて出番を終えた座長が、舞台を下りて華音達のそばへと駆けてくる。
「休憩を挟んだら、ついに光さんの出番だな。楽しみにしとるからな!」
「お任せください」
胸に手を当ててにこやかに応じたあと、光秀は不意に居住まいを正した。
「座長をはじめ、一座のみんなには世話になりました。この数日間、本当に楽しかった。心から礼を言います。ありがとうございました」
光秀が深々と礼をするのにならい、華音も頭を下げた。
「私も本当に楽しかったです。良いご縁に恵まれたことに感謝します。お世話になりました」
「なんだなんだ、まだ祭りは終わっとらんぞ?」
光秀と華音の心からの感謝と、言葉の裏に込められた意味を知らない座長はカラカラと笑い、華音と光秀の肩を叩いて舞台裏へ去っていった。