第20章 狐の喜劇
光秀は、今すぐにでも安土に向かえるような口ぶりだ。
まさか、昨日一日で情報収集を終えたのかと、華音は瞠目する。
「謀反の証拠が揃ったのですか」
「ああ。ここにな」
そう言って光秀は、自分のこめかみをトントンと指で叩いてみせる。
華音は改めて、明智光秀という男の凄さに感嘆した。
「また己を責めるなよ。昨夜のお前の話も、充分役に立った」
「…どこが」
「どんな人間に対しても『お前なんか願い下げだ』と言ってのけたところだな」
「あれは殺意を鎮ませるために思ったことをそのまま言っただけです」
「いつも通りじゃないか」
光秀はにやりと笑うと、信長宛の文を綺麗に折って懐に入れた。
「証拠を揃えただけでは、信長様への手土産には不足だ。明日の祭りでケリをつける」
謀反の企みを潰すともとれる言い方だが、おそらく華音が訊いてもまだ答えない。
一体どんな計画なのか、たった一夜で成し遂げられるのか、そんな質問には意味がない。
なぜならこの男は、明智光秀だから。
「貴方がやると言ったら必ずやるでしょう。私はそれに従うまでです。私はどうすれば良いのですか」
「お前も大概だがな。……お前には、総仕上げの大役を任せよう。楽しい即興芝居の始まりだ」
その時の光秀の表情は、華音の目には悪戯を思いついた子供のような表情に見えた。