第16章 姫さんと狐の噂
光秀は着方を解説しながら着付けを始める。
華音は光秀の説明をよく聞いてよく見て、つぶさに覚えることに専念した。
華音は物覚えは良いが光秀ほどではないから、見逃すことのないように真剣に。
「次は髪だな。座れ、華音」
「はい」
用意した鏡の前に座ると、櫛が髪に入った。
手入れの行き届いた黒髪は、するすると光秀の手によって結い上げられていく。
「お前の髪は心地良いな」
「だいぶ伸びたのでそろそろ切ろうかと思ってました」
「俺の意見は無視か」
「まあでも、もう少し伸ばしたままでいます」
「……そうか」
実際華音は己の髪が長い方が良いか短い方が良いかなどという頓着は無い。
しかし今はかりそめと言えど恋仲の光秀が長い方が良いと言うかなら、それに従うのは吝かではないのだ。
華音の人並み外れた美貌を誤魔化すために、わざと華音よりもやや濃い肌の色の白粉を塗る。
「開けたら死ぬと思って目を閉じていろ」
「紅に猛毒でも入っているんですか」
途中物騒な会話を挟みつつも、光秀は手際よく薬指で朱色の紅を取り、華音の目元と唇に乗せた。
そして、目を開けていいと合図する。
「上出来だ。思った通りお前によく似合う」
「……そうですか」
「ああ、想像以上だ」
鏡の中で微笑む光秀と目が合う。
光秀は“お前によく似合う”と言った。
かぐや姫でも陽臣でもない、華音に。
比べられていたわけではないし、比べられるものでもないが、顔が同じなのは事実だ。
だから、他でもない華音自身を褒められたのはうれしかった。
「………!?」
不意に、あらわになっていた華音の首筋に光秀の唇が落とされた。
咄嗟に華音は光秀を押し退けて距離をとる。
「ばっ……お…こっ……莫迦!」
「語彙力が著しく低下しているぞ」
普段の華音なら男達の心を叩き折るような容赦のない罵倒の語彙に溢れているのに、今は莫迦しか出ない。
「…次やったらあの人直伝の“はるさん流の拳”であなたを殴る」
「分かった。気をつける」
即答だった。