第3章 姫さんと独眼竜
華音は己が医者であることを誇りにしている。
そして、医者というのは患者の命を助けるのを当然とする。
故に感謝される筋合いは無いと思っていた。
しかしそれは大きな間違いだった。
華音が医者であるのを誇りに思うように、政宗や常長もまた己が武士であることが誇りであり、当然なのだ。
華音は自分が冷静だと思っていたが違った。
冷静は表面上だけだった。
戦国時代にタイムスリップしてしまったことが、僅かに自分の中の冷静を崩していたのだ。
今まで誇りだの何だのを深く考えたことがなかったのは、それだけ現代で軍医として送っていた日々が忙しかったから。
“自分ではない誰かを助ける”という気持ちが核にあれば満足だったのだ。
その証拠に、本来の自分の誇りを一瞬忘れて、結果常長の誇りを蔑ろにした。
勿論政宗はそこまでのことは指摘していないが、自分に厳しい華音にとっては目が覚める言葉だった。
しかし、己の過ちに気づいたとして謝るのは違う気がした。
華音が常長の命を助けたという事実がある以上、華音が自分への厳しさ故に謝るのはそれこそ筋違いだと思ったからだ。
ならば華音がやるべきことは、己の誇りを勘違いしたことへの謝罪ではない。
政宗と常長からの感謝に応えることだ。
「…はい」
今まで華音が発していた声とは違うことに、政宗は気がついた。
張り詰めた糸のような強張っていた声は、心地の良い柔らかい声になった。
政宗と常長は、これが本来の華音の声だとすぐに分かった。
「しかと、受け取りました。常長どの、政宗どの」
本来、二人の名を呼ぶなら、立場が上である政宗が先だ。
しかし華音は敢えて常長の名を先に呼んだ。
その意味を分からないほど二人は莫迦ではないので、華音の言葉に満足そうに微笑んだ。
そうでなくても、初めて見せた華音の微笑みに、嬉しくないわけがなかった。