第2章 世界反転
美穂子は首を傾げて、唸った。
(ってことは、泳いだのはその泉ってこと?でも…会社の近くにあったっけ?聞いたことない…。というか、エスカレーターから落ちたとしたら、エスカレータのところに泉があったってこと? いやいや、あそこ7階だし…社内だし)
美穂子は混乱した。
さっぱり訳が分からない。
「美穂子、と言ったな。お前は旅禍か」
「…りょ…。えっと、なんですか、それ」
「………。では、お前の目的はなんだ」
「目的? ―…えっと、すみません。この…朽木さんの家に来た目的とか、その泉にいた目的とかは…特になくて。たまたま…というか……うー、何を言いたいの…っ私!」
「………」
美穂子は小さなため息をついて、口を閉じた。
自分にわからないことを人に言ったところで、結局わかってなどくれない。
美穂子は困ったように眉を顰めると、そっと男を見て謝った。
「ごちゃごちゃでごめんなさい。私も、よく…わからないんです」
「―…そうか」
小さなため息を共に、男は立ち上がった。
「泉から連れてはきたが。あそこは深さが1mもない」
「…え?でも、私―…結構泳いだ気がする…んですけど?」
確かに、とても遠くに水面が見えた。
月が反射して、あんな状況なのに綺麗だなって思った。
水をたくさん蹴って、ようやく浮上した…はずである。
「―…少し、話を整理する必要があるな。とりあえず、そこにある服を着て出てこい」
「えっと…はい、わかりました」
そういうと、男はくるりと向きを変えた。
美穂子は見えた背中に、思わず声をかけてしまった。
「あの!」
「―…なんだ」
「あの…あなたのお名前、聞いても?」
「朽木白哉だ」