第7章 7
イカと語り終えた有羽は、海岸をゆっくり歩いていた。
と、前方の暗がりに人影が見えた。
有羽は少し体を強張らせた。不審者。痴漢か、なんらかの危ない人間かもしれない。
その人物は有羽をみとめると、自分は怪しくないですとでも言いたげに手を上げて、「あの」と有羽に話しかけてきた。
「あの、地元の方ですか?」
「ええ、まあ、はい」
暗くてよく見えないが、40代ほどの男性だった。有羽は少し距離を置いて立ち止まった。
「そうですかあ、いや僕はね、旅行でここへ来てるんです」
「こんな田舎にですか?」
驚いた有羽は、思わずすっとんきょうな声を上げた。驚いた拍子に警戒も少しゆるんだかもしれない。
「見るものなんて何もなくないですか?」
「いや、僕はね、あれを見に来てるんですよ」
旅行者はふいと海の方を指差した。
真っ暗い空間、空と海との境も見えない夜の向こうに、きらりとした灯火が列をなしていた。漁火だ。
あんなもの見てどうするんだ。が有羽の正直な感想だった。次に、もしかしてこの人イカなのか? とも思った。イカは漁火に集まる。
漁火は有羽にとって、生まれたときからあるありふれた光景の1つでしかない。綺麗ですねと言われれば綺麗かもしれないが、毎晩昇る月に毎晩感動するわけではない、その程度の気持ちだった。