第5章 NY
あの夜
一晩一緒に過ごしたけれど
彼女の事はよく分からなかった
そして
あれから10年以上の時間が過ぎても
結局のところ
少しは分かったようでいて
未だによく分からないままだった
生意気で
可愛気がなくて
自分中心
人から指図されるのを嫌い
決められた事を守らない
我がままな少女そのもの
その上人見知りで
女としての愛嬌も
大人としての愛想も
1ミリも持ち合わせていなくて
見ているこちらがハラハラする程だった
けれど
ダンスと歌は超一流
人前でプロフェッショナルに徹する事に関しては
アンナは驚くほどストイックだった
彼女が他人に厳しいのは
そんな性格からきているのだろうか
表現者としての東條 アンナは
溢れるほどに天性の才能を持っていながら
更なる努力を惜しまず
自分に妥協を許さない
そんな人間だった
だからこそ
世界に通じるようなパフォーマンスができるのだろう
アメリカに拠点を置き
海外を飛び回る彼女の活躍は
日本でも度々ニュースになった
元々アンナは
生まれた時からロングアイランドに住んでいて
日本で長期に暮らしたのは
両親を亡くした後のほんの数年間だけだったらしい
父方の祖父母の家でもあったという
あの日本の屋敷はそのまま残されてはいたが
他に身寄りのない彼女は
生家のあるニューヨークでの暮らしに完全に戻ったそうだ
アンナはあまり自分の事を話さないので
僕が彼女の情報を知るのはメディアを通したものばかりだった
若くして天涯孤独になってしまった彼女が
生まれ育った国を出て日本へ渡り
どんな思いであの広い屋敷にひとり暮らしていたのか
僕には知る由もなかった
日本で芸能界に入り
デビュー1年目にしてあそこまでの活躍を残した彼女は
何の未練もなく全てを捨て
実力が全てのアメリカの地で
また一から勝ち上がっていったのだった