第58章 殊塗同帰(しゅとどうき)
『はい。』
『…そうか。』
ひなが素直な気持ちを伝えると、光秀は 外方(そっぽ)を向いてしまった。
(あれ?私、なんか怒らせるようなこと言ったかな。)
オロオロしているひなを横目に、幸村が吹き出す。
『ははっ、あんたが素の表情を人前で晒すなんてな。
明智光秀の面を剥ぎ取れるのは、ひなくらいだよな。』
(素?面?なんのこと?)
『気にするな。少々、予想外の返答だっただけだ。』
こちらに向き直った光秀は、いつもと変わらぬ顔でニヤリと笑っている。
ひなは、幸村に改めて尋ねた。
『で、幸村は何処に行ってたの?』
『あー、その話だったな。俺は…。』
『おっと、幸村殿、謙信殿がお待ちなのではなかったかな?』
話し出そうとした幸村の言葉を遮るように、光秀が問い質(ただ)した。
その問いに目を見開き幸村が声を上げる。
『そうだった!やべー…遅くなると何されるか解らねぇ。ひな、その話はまた今度な!』
言うやいなや踵を返して去って行ってしまった。
『えぇっ!もう…。』
(言いかけてやめられるのが一番気になるってば!)
『まあ、そう気にするな。大したことではないさ。
大方、どこかであった小競り合いでも納めに行っていたのだろう。
見ず知らずの一介の民でも放っておけない性格のようだからな、あいつは。』
(確かに。雪村なら、きっと敵対してる人でも当たり前に助けるんだろうな。)
『…って忘れかけてましたけど、光秀さんも何処にいたんですか?』
『ん?忘れていなかったか。見かけによらず、お前は記憶力がいいな。』
片眉を上げ光秀が感心する。
『はあ、どうも。』
(なんかもう、光秀さんに からかわれるのにも慣れちゃったかも。)
『ククッ、俺の「からかい」に慣れると、更に離れるのが寂しくなるぞ。』
光秀が、ひなの頭をふわりと撫でながら言う。
『ひな、お前も一命を取り留めたばかりなんだ。
さあ、いい子だから余計なことは考えず、ゆっくり自室で休め。』
『は…い。』