第50章 当意即妙(とういそくみょう)
元就の屋敷を出て、既に数刻。日が傾きだし辺りが茜色に染まる。
家々からは夕飯の支度をしているのか、ほんのりと暖かい匂いが鼻をくすぐる。
『のどかで、いい所だね。』
遊び疲れて家に帰る子供達に微笑みながら、ひなが呟く。
『もう少し行ったところに宿場がある。今日は、そこで宿を取る予定だ。ひな、疲れてないか?』
慶次が、ひなを気遣って声を掛ける。
(慶次ってば、自分も怪我してるのに。)
『大丈夫だよ、体は頑丈なの。何度も見てきてるでしょ?
私の、怪我からの復活。』
にやりと笑いながら慶次を見る。慶次も笑って頷いた。
『にしても、あれだけ気を付けろって言われたわりには、特に何事も無いね。』
ひなが何気なくそう言うと、兼続が目を見開いて言った。
『お前、それは冗談で言ってるのか。それとも、まさか本気か?』
『へ?』
意味が解らず、少し後ろを歩く兼続を振り返る。そんな二人の やり取りを見て、慶次がククッと笑う。
『いいじゃねえか。ひなが気付かねえ程、上手く敵をかわせてるって事なんだからよ。』
(えっ、敵!?)
『いつ…?』
(本気で全く解らなかったし!)
溜め息混じりに兼続が言うことには…。
屋敷を出てすぐのところや、安芸の町中など、帰蝶の手の者と思われる輩が襲ってきて、元就の家臣や二人が返り討ちにしてくれていた、らしい。
『えーと…守ってくれて、ありがとう。気付かなくてホントに ごめんなさい。』
『無事だったからいいようなものの、お前はもう少し危機感を持ったらどうだ。』
『はいいっ!』
冷たい視線に射ぬかれて思わず背筋が伸びる。
『まあ、ある意味、器がデカいということか。』
(え、誉められてる?)
『誉めてないからな。』
『ですよねー。』
ひなは、ばつが悪そうに答え、早足で歩きだした。
… … …
宿場に着く頃には、すっかり日も落ちていた。